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医療又は福祉の増進を図る活動 Japan Medical Welfare Council

ラドンを吸い込むとradon

2.低レベル放射線は免疫機構を刺戟する

 ここに米国の科学専門雑誌「Human & Experimental Toxicology」の2003年22号に掲載された「Radiation-induced versus endogenous DNA damages(内因性のDNA損傷に対する放射線起因のDNA損傷)」と題する画期的な論文(3)があります。副題が「possible effect of inducible protective responses in mitigating endogenous damage(内因性損傷を低減するための防護応答を誘導する可能性)」となっており、放射線に関係のない新陳代謝など体の内部の生活活動で生じるDNA損傷を防護する機構が放射線によって誘導される可能性を論じた論文です。著者は当時カリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部のM. Pollycove(ポリコーブ)氏と米国ブルックヘブン国立研究所医学部のFeinendegen(ファイネンデーゲン)氏です。この論文は当時までに発表された112編の論文のデータと成果を集約した形で哺乳類のDNA損傷に対する堅固な防護機構とそれが放射線の影響で加速するという分子生物学的にも医学的にも画期的なモデルを提言したもので、その後この論文を補強する多数のデータと支持する研究成果が発表されています。

 ヒトの細胞は60兆とも100兆個とも言われていますが、その一つの細胞に毎日生じるDNA(遺伝情報伝達物質)損傷の原因になる活性酸素の仲間などのフリーラジカルと呼ばれている物質は約109(10億)個に及ぶのだそうです。それが抗酸化物質による防護作用に依って実際にDNAに生じる損傷は約106(百万)個、すなわち1000分の一に押さえられ、さらに諸酵素による損傷箇所の修復作用に依って修復漏れなどで残る損傷は一万分の一に低減され、細胞一個につき約百個まで低減されます。そしてさらに哺乳類の細胞の防護機構として存在する不具合細胞のアポトーシスと称する「自殺」作用や複雑な免疫システムによって細胞一日当たりに残る変質の数は約一個まで低減されているのだそうです(図1)。この遺伝子に残る変質は突然変異(mutation)と呼ばれるものですが、悪性のものが蓄積すると死病やがんの発症となって表れるのだそうです。このように放射線の影響がなくても、食物の消化などの生活活動(新陳代謝)によってDNAは常に脅威にさらされており、毒物の侵入などの外部からの脅威をも含めて、防護対応が直ちに出来るようになっているようです。この論文ではそのような細胞防護機構を「DNA損傷抑制(control)システム」と呼んでいます。他にも放射線に関係しないDNA損傷の原因になるものにビタミン類や鉄分など微小栄養素の欠乏があり、それらによってDNAの損傷は著しく増加しているそうです。それらも前出のDNA損傷抑制システムによって処理されます。 DNAの損傷を抑制し細胞の健全性を守ろうとする哺乳類のこの複雑な保護システムは、放射線起因の影響よりもむしろ内因的な原因で生じるDNA損傷に対抗する為に進化したものであろうと論文の著者は述べています。

 

 上記の論文の画期的なところは放射線の影響はDNAの損傷をもたらすだけでなく細胞間にその影響が数時間から数週間残存し、前出の「DNA損傷抑制システム」の作動を細胞間の「信号発信(signaling)」によって促し続けることを述べていることです。つまり放射線の侵入によってDNA損傷を修復し免疫機構によって細胞を防護するシステムの作用が加速・維持されるため、内因性の病気やガンの発症も改善されることになります。先の論文は環境放射線の強さが10倍の10mGyのケースを評価していますが、内因性の場合に比べてDNA変質の数は細胞一日当たり106から9.3×106に約一桁増えますが修復漏れの残存DNA損傷は100から86まで減少、突然変異は1から0.8まで減っています。すなわちバックグランドが一桁上がるとガンなどの病気の発症に関係しそうな突然変異の数は20%減少すると結論しています(図2)。インドやイランの高バックグランド地方に住んでいる人たちの例や、職業によって被曝をしたグループの臨床例が放射線ホルミシスの例として挙げられています。